【素材の深淵】Platanus Brewing「しょうがナイト」を定義する、“1/13の純度”と職人・安田裕志のストイックな哲学
Aug 18, 2026
和歌山の地で「水を絞り」育てられた有機生姜の真実。
日本国内に1,000件近いブルワリーがひしめき合う、クラフトビール戦国時代。その中で、「“いつもの生”じゃ、ものたりない」と願う本質志向の飲み手たちを唸らせているブランドがある。広島県呉市を拠点とするファントムブルワリー、Platanus Brewing(プラタナスブルーイング)だ。
彼らが掲げるコンセプトは「“贅沢”を再構築する」。その哲学を象徴する主力銘柄の一つが、生姜のピリリとした刺激をアクセントにしたアメリカンペールエール『しょうがナイト(Shouga(K)night)』である。
このビールの「主役」とも言える生姜パウダーを供給しているのが、和歌山県那智勝浦町の色川地区で有機農業を営む「ベジライク」の安田裕志氏だ。以前のエキス使用時に比べ、安田氏のオーガニック生姜パウダーに切り替えてから、明らかに顧客の反応が良くなり、主力商品としての地位を不動のものにしたという。なぜ、彼の生姜はこれほどまでに飲み手の心を掴むのか。そこには、物理的な数値とストイックな栽培哲学に裏打ちされた、驚くべき「純度の秘密」があった。
90%の水分を削ぎ落とし、13倍の「パンチ」を抽出する
安田氏が手掛ける生姜パウダーの凄みは、まずその圧倒的な濃縮率にある。「生の生姜の約90%は水分です」と安田氏は明かす。彼が作るパウダーは、原材料をスライス・乾燥させることで、体積・重量を生の時の約13分の1から15分の1にまで凝縮させている。
「水分が出ていった後の、いわば純粋な生姜の成分だけが残ります。そのため、生の生姜と比べても香りの強さや辛味のパンチがまるで違います」
物理的に水分で薄まっていないため、香りの広がりだけでなく、その持続性も極めて高い。『しょうがナイト』を口に含んだ瞬間に喉を駆け抜ける鮮烈な刺激と、鼻に抜ける爽やかな余韻。それは、13倍に濃縮された「生姜の結晶」が生み出す、計算された必然なのだ。
「水太り」を拒む、アスリートのような生姜作り
この濃密な品質を支えているのは、安田氏独自の「水を絞る」栽培手法だ。一般的な栽培では、身を太らせ、みずみずしく見せるために大量の冠水(水やり)を行うことが少なくない。しかし安田氏は、これを「水太り」と呼び、あえて行わない。
「無理に水をやると生姜自体の味が薄まってしまいます。私は自然に降る雨をそのまま畑で受け止め、過剰な水分を与えません」
厳しい環境で育てることで、身がギュッと引き締まった、いわば「アスリートのような生姜」が生まれる。この引き締まったボディこそが、えぐみのないクリアな辛味の源泉となっている。
また、畑の管理にも一切の妥協がない。一般的なビニールマルチではなく、あえて「藁(わら)」を敷くのが安田流だ。ビニールだと地温が上がりすぎて芽が焼けてしまうことがあるが、藁を敷くことで土の中の水分を自然な形で保ち、雑草を抑えながら自らの力で芽吹く環境を整えている。効率よりも生姜の生命力を優先するこの選択が、化学肥料に頼らない有機栽培の味に深みを与えている。
28歳での衝撃。移住してまで求めた「本物の味」
安田氏が農業の道に入ったのは28歳の時。高知の農家で初めて触れたオーガニック野菜の「理屈抜きの美味しさ」が、彼の人生を変えた。「それまで有機栽培に特別なこだわりはありませんでしたが、実際に食べて、触れてみて、自分もこういう栽培をしていきたいと確信しました」と語る。
以来17年、彼は理想の土を求め、45年以上も前から有機農業が根付いている那智勝浦町色川へ移住した。粘土質の土壌は、水分を保ちやすく、香り高い「囲い生姜」の栽培に非常に適しているという。この土地の力と安田氏の情熱が結びつき、比類なき生姜パウダーが完成した。
パウダー化の工程も、スピードと鮮度が命だ。洗浄・煮沸殺菌後にスライスし、80度以下の熱風で乾燥させ、湿気を吸い戻さないうちに粉砕する。この「香りを閉じ込める時間との戦い」が、ビールのプルタブを開けた瞬間のあの鮮烈なアロマを支えている。
収穫の贅沢を、一杯のグラスに託して
「最大の贅沢な瞬間は、年一回の収穫の時です」と安田氏は笑う。土の中から掘り出された、巨大で美しいピンク色の芽を伴った新生姜の塊。茎を切り落とした瞬間に立ちのぼる、南国の植物を思わせるエキゾチックで力強い香りは、生産者だけが味わえる至福の時だ。
「『しょうがナイト』を飲むと、その収穫時の香りがふわーっと蘇るのを感じます。程よい辛さは、濃いめの肉料理との相性が本当にいいですね」
Platanus Brewingが目指す「贅沢の再構築」とは、こうした生産者の「報われる瞬間」の熱量を、消費者の「心ほどく時間」へと繋ぐことにある。13倍に濃縮された安田氏の生姜の物語を噛み締めながら、今夜は『しょうがナイト』で、自分だけの贅沢なショートトリップへと出かけてみてはいかがだろうか。